(生物系)博士はつらいよ

某国立大学博士課程学生の仮面を被っているケツドラマーの日常

「バイオ戦略 2019」を読み解く

なぜ「バイオ戦略 2019」の整理が必要か

理由は簡単。生きていくため。

 

バイオ戦略 2019

 昨年6月11日、統合イノベーション戦略推進会議にて決定された「バイオ戦略 2019」(以下、バイオ戦略)の内容を、自分のために整理しておく。バイオ戦略の具体的な内容については、以下のファイル参照。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tougou-innovation/pdf/biosenryaku2019.pdf

 

 そもそも、バイオ戦略を策定した「統合イノベーション戦略推進会議」(以下、会議)とは何か。内閣府のホームページによれば、

「統合イノベーション戦略」(平成30年6月15日閣議決定)に基づき、イノベーションに関連が深い司令塔会議である総合科学技術・イノベーション会議、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部、知的財産戦略本部、健康・医療戦略推進本部、宇宙開発戦略本部及び総合海洋政策本部並びに地理空間情報活用推進会議について、横断的かつ実質的な調整を図るとともに、同戦略を推進するため、内閣に統合イノベーション戦略推進会議(以下「会議」という。)を設置する。(出典:統合イノベーション戦略推進会議 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tougou-innovation/) 

とある。会議は、バイオ戦略以外にも AI戦略・量子技術イノベーション戦略を策定している。会議の考え方の根底には「統合イノベーション戦略 2019」があり、この戦略に基づき特に重要と思われる科学技術に今後注力していくようだ。統合イノベーション戦略 2019 のバイオテクノロジーの項にはこうある。

〇目指すべき将来像
・持続可能な生産と循環によるSociety 5.0の実現のために、バイオでできることを考え、行動を起こせる社会を実現し、国際連携・分野融合・オープンイノベーションを基本とする世界のデータ・人材・投資・研究の触媒となるような魅力的なコミュニティを形成
・バイオとデジタルの融合を全ての土台とし、生物活動のデータ化等も含めてデータ基盤を構築しそれを最大限活用することにより産業・研究を発展させることで、世界最先端のバイオエコノミー社会を実現

 Society 5.0 の本質は、労働力の不足・社会インフラの老朽化が進む日本において、より効率的な意志決定の実現のために、最先端のデジタル技術を活用していこうとするところにあるだろう。この考えのもと、目指すべき社会像の実現のためにはバイオ技術の活用が不可欠なので、バイオとデジタルを融合していくのが大きな方針だ。

 

 具体的な内容に入っていく。今後の日本及び他の国々が抱えるであろう社会課題は

  1. 環境問題の深刻化
  2. 食料確保の困難化
  3. 生活習慣病の増加
  4. 医薬品需要の増加
  5. 高齢化・人口減少

であると述べられている。これから人口が増加し経済成長が見込まれる新興国と日本のような先進国で、同時代に抱える課題は異なるかもしれない。しかし、新興国もゆくゆくは先進国と同様の課題を抱えるであろうことは明白だ。従って、日本の現状課題の克服が、将来日本が世界のオピニオンリーダーになることに繋がる。

 続いて上に挙げた社会課題を克服するためのキーワードとして

の3つが必要と述べられている。これら3つのキーワードを踏まえ、どういった社会像を描くべきか。また、描いた社会像を実現するために、どのような市場領域を設定すべきか。バイオ戦略の本質はそこにある。

 

 

 「持続する社会」とは、衣食住に必要な物資が無理なく半永続的に生産でき、かつ生活によって生じる廃棄物が環境への負荷とならない(もしくは、廃棄物自体が衣食住に必要な物資に生まれ変わる)社会と言い換えられる。従って、「持続する社会」と「循環型社会」は切っても切れない関係にある。循環型社会では、持続可能性が自然に生まれる。このような社会の実現のためには「健康」が重要であることは言うまでもない。ただ、この3つのキーワードは漠然としすぎている。目指すべき理想像ではあるが、実現可能な目標とするためには、具体性が足りない。キーワードを踏まえ、実際に実現したい4つの社会像が描かれている。

  1. すべての産業が連動した循環型社会→循環型社会
  2. 多様化するニーズを満たす持続的な一次生産が行われている社会→持続可能性
  3. 持続的な製造法で素材や資材のバイオ化している社会→持続可能性・循環型社会
  4. 医療とヘルスケアが連携した末永く社会参加できる社会→持続可能性・健康

そして、4つの社会像を実現するための9つの市場領域が以下である。

  1. 高機能バイオ素材(軽量性、耐久性、安全性)
  2. バイオプラスチック(汎用プラスチック代替)
  3. 持続的一次生産システム
  4. 有機廃棄物・有機排水処理
  5. 生活習慣改善ヘルスケア、機能性食品、デジタルヘルス
  6. バイオ医薬・再生医療・細胞治療・遺伝子治療関連産業
  7. バイオ生産システム(バイオファウンドリ)
  8. バイオ関連分析・測定・実験システム
  9. 木材活用大型建築・スマート林業

この9つの市場領域の設定には、世界の潮流に乗るだけでなく「日本の強みを生かす」ことが強く意識されている。バイオ戦略は、以上の市場領域の発展のために必要な具体的取組をまとめて締められている。注目すべき点は、すべての市場の発展に「データ基盤の全体設計」が盛り込まれているべきである。現状、過去のバイオ戦略に基づいたデータベースが連携なく分散しており、それらデータベースから有益な知見を得ることは難しい状況のようだ。

 

生物系人材が生き残るには?

 バイオ戦略には、今後9つの市場にリソースを集中する旨が書かれている。言い換えれば、9つの市場に関連が薄い分野は、今後苦境に立たされることになる。自分の知的好奇心を満たすのも良いが、どこかで見切りをつけ、社会の要請に応える道もあるだろう(結果的には、その方が幸せかもしれない)。先に述べたように、バイオ戦略実現の前提とも言える「データ基盤の設計」に関しては、情報系人材に分があると言える。しかもバイオ戦略には、各種データベースの基盤は2022年度を目安にするとあるから、今からデータベース構築の勉強を始めても、その知識を活用するのは難しいだろう。生物系人材が、専攻の強みを生かすにはどうすればよいだろうか。

 これはあくまで自分の考えだが、「付加価値」で勝負するのがよいのではないか。つまり、情報系人材が構築したデータベースの「利用の仕方」で差別化を図れるのではないだろうか。データベースは、上手く利用しなければただのデータの集合体でしかない。ビッグデータを利用して、何を知りたいのかが重要だ。例えば育種ならば、知りたいことは目的の農産物を生み出す方法だ。そのために、交配親の形質はどうあるべきかの判断には、遺伝学・分子生物学の知識が必要になってくる。一口にデータベースを利用するといっても、この前提知識があるのとないのとでは活用の仕方の質に差が出るだろう。これは一例にすぎないが、バイオ素材や医療へのビッグデータ活用に際しても、この「生物学的知識があるかどうか」の違いは大きいはずだ。

 

現時点での結論

 従って、生物系人材が今後生き残っていくための現時点での結論は、自分の研究分野の知識を最大限に深め、かつビッグデータ活用のためのデジタル技術(機械学習・深層学習・AI解析)をどれか1つ取得する、だ。1本槍ではなく、2刀流で闘った方が勝てる確率が上がるのではないだろうか。今後のバイオ戦略にも注目しながら、自分が活躍できる道を模索し続けていきたい。